• Kazuma Y.

古代の血の継承②

最終更新: 3月8日

以前の記事、古代の血の継承では「熊襲」は古代イスラエル人(古代ユダヤ人)だったのではないか?という考察をしました。くわしくはこちらをご参照ください。


「熊」は中国語で「Xiong」と読みます。発音は第二声です。


古代イスラエル人は、エジプトから追われて東に逃げます。歴史上から消えた氏族が十氏族いたと言われています。そのうちの1つの氏族が、広い中国大陸の南ルートで楚(華南エリア)に住み着いて、王族の熊氏になったと思います。熊氏はつまり、「熊=シオン」の氏族ということです。


実は、ほぼ同じ時期に、北ルートで中国大陸を目指したと思われる氏族がいたという妄想が湧いてきました。これも、中国語の呼び方から発見しました。さて、誰だと思いますか?


答えは匈奴です。匈奴の「匈」も、実は「Xiong」と読みます。こちらは第一声です。


つまり、「匈=シオン」の奴という、字が表す通りの古代イスラエル人です。

北ルートで中国に入った氏族は、中央アジアに弓月国という国を築き、その一部が匈奴になったと思います。


恐らくもともとは別々の部族であったか、または1つの部族が分裂して、喧嘩別れのような形になった可能性もあります。ちなみに弓月とは、弓のような形の月のことを指しますが、つまり三日月のことです。そう、今のイスラム教のシンボルですね。この地が今の新疆ウイグル自治区なのです。


話を戻します。


匈奴はしばしば漢民族を脅かし、中国という巨大な領土を奪おうとします。一方、弓月国を築くことになる勢力から、秦の始皇帝が生まれたと妄想しています。


「喧嘩別れのような形になった可能性」と前述したのは、匈奴(古代イスラエル人)vs秦(古代イスラエル人+漢民族)の争いが続いたからです。これまた余談ですが秦には、明らかに漢民族とは特徴が異なる人たちがいたということも分かっていますね。秦の始皇帝も、明らかに古代イスラエル人的な特徴を持っています。


匈奴はそのまま中国に固執していきます。秦に溶け込み中華統一を果たす秦の始皇帝の血族は、朝鮮半島を経由して日本に入り、秦氏(はたうじ)として活躍します。詳しくは弓月君のWikipediaをご参照ください。少し複雑なので、まとめてみます。


① エジプト→北ルート→匈奴

② エジプト→北ルート→弓月国→秦国→日本(秦氏)

③ エジプト→南ルート→楚国→日本(熊襲)


今回のコラムは、①と②について書いています。


時系列は少し整理して調べる必要があるのですが、Xiong=シオン=古代イスラエルの影が、匈奴という漢字にも見え隠れしているのを見逃したくはありません。意外と、こういうシンプルで見逃しがちなところに、真実があったりするのです。言葉(漢字)は昔からずっと受け継がれて残ってますからね。


熊氏のXiong説同様、匈奴のXiong説を謳っている人はまだいないと思いますので、引き続き追ってみたいと思います。恐らく…遺伝子的に失われた十氏族は同じ種類の遺伝子構成ではなく、もともとバリエーションがあった可能性があります。


また、②で中国に残った勢力は、漫画「キングダム」を読んでいる方には非常に興味深い歴史を辿るので、時間がある時にご紹介したいと思います。


#匈奴

#古代ユダヤ人

#シオンの影

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