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秦と斉~斉・静観の裏①



(画像「斉王健」~漫画キングダムより引用)



今回は中国・春秋戦国時代、斉という国について探ってみたいと思います。


その前に少しおさらいです。紀元前241年、楚・趙・魏・韓・燕の5カ国が合従連合軍として、一斉に秦に攻め込みます。これは史実にある事実です。漫画キングダムでは、斉を加えた六国連合という形で物語が進みます。途中、秦は斉と密約を交わし、斉が合従軍合軍から抜けます。


史実では、キングダムにあるような秦と斉の密約は存在しませんでした。合従軍が起こり秦を攻めたのは史実通りなのですが、その際も、斉は合従軍に参加していないのです。

ここ、不自然じゃないですか?

原先生の秦・斉密約(共謀)はかなり秀逸なストーリーです。ただ、史実を見ていくと、ここにも「隠された史実」があるのではないかと思っています。今回も誇大妄想満載ですので、あくまでも史実にこだわりたい方は尻尾を巻いて退散くださいませ。

本題に入る前に、改めて呂氏について振り返ってみてください。かなり重要な伏線にしてありますので。

【復習】隠された呂不韋の氏族①(~④までお読みください)

さて、呂氏について理解しましたでしょうか。斉(姜斉)は山東省にあり、呂氏一族のお膝元でした。その斉を滅ぼしたのは、田氏でした。その田氏の斉(田斉)に、ある時点から呂氏がスルリと入り込んだような流れがあるのです。

<登場人物>

法章…斉の襄王(第7代)。生年不詳~紀元前265年。

…田健。襄王の子。斉の第8代君主。生没年不詳。紀元前221年、秦に不戦降伏。

田仮…田健の弟。始皇帝没後に挙兵して斉王に。

<法章、襄王へのストーリー>

紀元前284年のこと。法章は姓名を変えて山東省莒県(きょけん)の太史敫(たいしきょう)の家の雇い人になった。太史敫の娘(君王后)は法章の顔を見て、普通の人ではないと思い衣食の世話をして、男女の仲となった。やがて莒県などで身を隠していた旧臣が集まり、湣王の子・法章を探し求め、王として立てようとした。法章は殺されるのを恐れて躊躇していたが、意を決して「わたしは湣王の子である」と名乗り出た。このため莒県の人は法章を斉の王に擁立した。これが襄王であった。


以上、登場人物とおおまかな流れです。「法章は呂氏だった」と仮定し、シリーズで5つのポイントについて書いてみたいと思います。

(画像「戦国時代の地図」)


1.一目惚れした男が一国の主になる

上記のストーリーは、「戦国策」に出てくる法章の結婚ストーリーです。太史敫の娘が法章に惚れるくだり…どこかで見たことありませんか(笑)?

劉邦です。


呂公が沛に行った時、劉邦を一目見て気に入り娘の呂雉を嫁がせます。呂公は「劉邦が天下を取る」という人相の目利きが出来たのです。そして今回、君王后は「法章が一国の主になる」という目利きが出来たのです。


どうも漢民族の人たちは、古代ユダヤ人の痕跡を消すために色恋沙汰に脚色して、そこから一国の主を登場させたがるようです。


また、法章は「姓名を変えて」まで、山東省に潜伏しました。もともと斉国は山東省にあったので、山東省に潜伏すること自体は変ではないのですが…呂氏のお膝元である山東省で姓名を変えて身を隠すというのは、何かあるとしか思えません。


山東省は過去に書いた通り、呂不韋が戸籍を移した場所でもあり、呂不韋が姓名を変えて徐福として生まれた場所でもあるのです。


さぁ、古代妄想癖が爆走モードに入ります。


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