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秦と斉~斉・静観の裏②


(画像「斉王健と呂不韋」~漫画キングダムより)


前回の記事はこちら「秦と斉~斉・静観の裏①」


前回はポイント1のみ書きました。今回は続きを書いてみます。


2.斉の旧臣が求めた法章=姜斉呂氏ではないか?

滅ぼされた斉の旧臣が探し出したのが法章であると書かれていることからも、法章は呂氏一族の末裔である可能性が高いです。斉国が姜姓呂氏、つまり呂氏一族の国であったことは、「隠された呂不韋の氏族②」を見てください。


史実では法章は、田斉・湣王の子とされています。


前回書いた通り、「身を隠していた」ことと、その場所が「山東省」であったこと、「亡斉の旧臣から探し求められていた」ことから、滅ぼされた斉の王族の血=姜姓呂氏の一族だと思います。


というのも、斉を滅ぼした田氏は、ことごとく姜氏(呂氏)を殺しまくります。呂氏一族は、「身を隠して」いなければ、皆殺しにされていたはずです。そんな時代に、「身を隠していた」法章は、呂氏の末裔であり、呂氏の王の血筋であるがために斉の旧臣が探し、襄王として斉王になったということは、呂氏が田氏から政権を奪取したと考えても良いのではないでしょうか。古代ユダヤ人である呂氏が、奪われた土地を田氏から奪い返したのです。

3.襄王が呂氏だったことが隠された逸話

1.と2.より、法章(襄王)が呂氏だったと仮定すると、下記のストーリーはかなり面白く思えてきます。

「法章は太史敫(たいしきょう)の娘を王后に立て、やがて襄王となる。そして子の健が産まれた。太史敫は娘の王后が結婚した際に「仲人も立てずに嫁入りした娘は我が家の血筋を引くものではない。我が家の歴史を汚しおった」と言って死ぬまで会わなかった」

これは文字通り受け取らないほうが良いと思います。「我が家の血筋を引くものではない」と娘を突き放したというところが、味噌。妄想しか湧きません。


書物に残し、後世に「漢民族の純潔な歴史」をアピールするためには、古代ユダヤ人である呂氏のことはなるべく伏せておく必要があります。よって、この太史敫の発言はこのように読み替えることが出来ます。

「我が家は漢民族の血筋であるのに、娘はユダヤ系の呂氏一族である法章に惚れ込んで、私の許可もなく勝手に結婚するとは。漢民族の歴史を汚しおった」

普通に考えて、仲人も立てずに嫁入りすることなど、当時はたくさんあったでしょうし、父親の面汚しにはならないでしょう。死ぬまで会わないとは大げさ過ぎるのです。


また、古代中国に仲人という風習はありましたが(主に王侯貴族の社会)、古代ユダヤ人の血統である法章にとっては関係のないことであり、その文化を無視したということもあり得えます。


いずれにしても私が推測するに、法章のほうに「歴史を汚す」ほどの理由=漢民族ではない氏族であった、ということがあったと考えます。そういう隠したい事実がある場合に、「逸話」が作られるのが歴史です。当時、呂氏は上手く漢民族に溶け込んで行ったのですが、漢民族から見れば「純粋な漢民族である」ことを正当化するための教訓めいた作り話なのだと思います。

長くなりましたので、今回はこのへんで。


秦と斉~斉・静観の裏③へ



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