• Kazuma Y.

641話~キングダム・信、ついに李姓を名乗る

#キングダムネタバレ しますのでご注意を



キングダム(本誌)では、ついに信が将軍へ昇格しようというところまで来ました。


その前に、嬴政から「姓」を持つようにと言われます。さすがに「姓がない(戦争孤児)のはまずい」ということなのでしょうね。そこで信が選んだのは、ご存知「李」でした。


史実通りだったのか

原先生は、史実にあくまでも忠実にストーリーを構築しています。これは前回の斉についても考察でも書いた通りです。紀元前のことなので、記録にも「余白」が多いのですが、ここを上手く使ってる印象です。


では史実でも、信はこの時に「李姓」もらったのでしょうか。


新唐書』宗室世系表上という書物が残っています。この書物が書かれたのは宋の時代。皇帝の一族とされる隴西李氏の族譜をもとに記載されたようです。ここにこう書かれています。


「李信の祖父の李崇は、を伯祐といい、秦の隴西郡守・南鄭公となった。李信の父の李瑤は、字を内徳といい、秦の南郡郡守・狄道侯となった。李信は字を有成といい、秦の大将軍・隴西侯となった」


つまり、李信の祖父は李姓を既に名乗っていたということになります。そして祖父も父も、それなりの職に就いていたようです。


だがしかし

キングダムのように、信は嬴政から「李姓」をもらったということはない。それが史書から見る一般的な解釈でしょうね。


ただ、常に史実は後世に書かれるため、100%真実かどうかは分かりません。いつものように妄想を膨らませてみましょう。


紀元前3世紀の出来事を、「新唐書」として225巻に記録したのが、なんと宋の時代だったわけです。完成したのが、仁宗嘉祐6年(1060年)の成立とされています。紀元前の出来事を、1,200年以上も後になって書き記すわけです。これはちょっと、100%信じるわけにもいかなそうです。


また、の皇帝の一族とされる隴西李氏の族譜をもとに記載されたというところが、かなり引っかかります。これは過去記事「李信の子孫が中華統一!?②」にも書きましたが、を建国した李淵は李信の子孫なのです。


李信の子孫である李淵が、自らの血統を美化するために、信が姓を持っていなかったにも関わらず李姓だったことを創作した可能性はゼロではないと思います。


疑わしきは、家系図が李信から始まっているところです。

(過去記事「李信の子孫が中華統一!?①」参照)


妄想を膨らませれば、本当に信が活躍していた秦の時代に、嬴政から「李姓」をもらったため、家系図が李信から始まっていると考えられなくもありません。ただ、李淵としてはそれを隠したい。李氏は、李信より前の時代から名家であったことにしたい。そのためには信より前、信の祖父や父が李姓を名乗っていたことにしなければならなかったのです。


もしかすると信は本当に戦争孤児で、祖父も父も創作された人物である可能性もあります。



今回も妄想モードで突っ走ってみました。この説を主張している人はいないと思いますが、可能性はゼロではないと思います。今となっては証明することが出来ません。日本でも記紀が後世「つじつま合わせ」で書かれた部分があったのと同様、中国でも同じようなことがあってもおかしくないですよね。


そう考えると、原先生の緻密なストーリー構成はかなり凄いということになります。将軍になる前に、信がともに将軍を目指した「漂(ひょう)」を再登場させる。その漂の想い=李を得て、信が将軍になる。泣けてきますね。


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